2013年12月14日


タナッセの『噛んでもいい』という台詞を使った「暗い場面」を作ってみましょう。
#serif_odai http://t.co/tiJvnLzgTU



噎せ返るような汗の臭いが辺りに立ち込めている。

閉め切った窓からは時折鈍い月の光と隙間風が入り込み、気味悪く肌を掠めていく。褥は乱れ、所々濃い灰色がその白さを穢していた。

「……私を、恨んでいるか」

腕のすぐ下に組み敷かれている彼女にそう問いかける。
亜麻色の髪は乱れ、波のように白い海に波紋を描いていた。

「いいえ。これは私が、そして貴方が望んだことでしょう?」

望んだこと。

それは本心だろうか。
それとも、建前だろうか。

私がこの関係を望んでいたのか、と問われれば、その全て否定することはできない。
かと言って、おいそれと肯首出来ることでもない。

特段彼女を憎んでいる訳ではなかった。なれど、心から愛している訳でもない。
結婚した今でも変わることはなく、真実の愛など恋愛譚に出て来るような夢物語は存在しない。

それは彼女も同じなのではないか。

この関係になることを、お互い進んで望んだ訳ではないはずだ。ただ、必要であっただけで。ただ、必然であっただけで。

「お前の事は未だによくわからん。何故、私と共にいる。何故疑問に思わない。何故、ここから逃げ出さない。お前ならばいつでも出来るだろうに」
「それは貴方も同じでしょう?違う?」

同じ。
何が同じなのだろう。

ああ、そうか。

「……口だけは達者なのだな、お前は」

それ以上口を開けぬように、唇に噛み付くように口付けてやる。

心を溶かす、などただの比喩表現に過ぎない。考えるだけ下らない。そんなものは、詩の中に薄ら寒い陳腐な表現として存在するだけだ。

どんなに体を肉薄させようと、伝わるのは体の温かみのみだった。

「……っ。お前とこうするたびに思うが」
「なぁに」
「……不愉快だと思わないのか。どうとも思っていない男に蹂躙され、邸に軟禁され、その身を縛られる事に何か感じたりはしないのか」

答えは期待していない。いつも決まって彼女は同じことを口にするからだ。

そして、また。

「私は自分を不幸だなんて思ってないわ。こんなに恵まれているんだもの。寧ろ僥倖。感謝致します、旦那様」

首に腕が回され、何がそんなにおかしいのかくつくつと笑っている。

「いつもそれしか言わぬのだな。答えるに値しないということか」
「どうかしら。たまには貴方の意見も聞きたいわ」

私は…… どう思っているのだろう。
いや、もう決まっている。答えは先程既に出した。

こいつと、何も変わらない。

不幸だとは――少なくとも今は――思っていない。
私がレハトを追い出せば良いのに、それをしないのもまた。

答えは口に出さずに、頬に噛み付いてやる。耳も細い首も、華奢な肩も、同じように。
その一つ一つに私を刻みつけて行く。痕が残るほどに、強く。

最後に噛む場所は決まって、左手の薬指だった。
彼女は指輪をしていない。
私もまた、つけてはいない。

「貴方は、それが好きね。でもずるいわ」

克明に、そのすらりとした指に私の歯型をつけてやる。まるで指輪をはめるように。

「……ならば、お前が噛んでもいいぞ。好きなだけ、何処にでも」

そう言うと、やはり彼女はくつくつと笑った。
そっと腕を取られる。

一拍の間が開くと、微かに痛みが走った。

彼女が私に痕を残したのも、また、私と同じように左手の薬指だった。
posted by ロベリ at 13:00| かもかて小話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。