2013年08月10日

鏡合わせの真実。

望むものは刺激ではなく。のタナッセ視点。

特に理由があった訳ではなかった。

何故あの時口付けたのか。いや、本当は理解している。
褥に就く事が億劫などは建前で、私は求めていたのだろう。

感情の、発露を。

あいつは私の奴隷のようなものだった。
来る日もくる日も、供給と名ばかりの性行為を繰り返し、強引に力を『戻して』いく。

戻す。
それは、あの時、あの儀式で私がやつから奪ったもののことだ。
あいつは私なしでは生きていけない。

どんなに私を憎もうとも、どんなに私を恨もうとも、私から離れることはできない。
無論、殺す事など出来るはずがない。それは即ち、やつ自身も死ぬという事だからだ。

定期的に供給がされなければ、歩く事は疎か、喋る事も息をすることもままならないという。
焼かれるような痛みが襲い、苦しくて仕方がないのだと。

私はそれを利用しているにすぎない。

私がいなければ生きられない。その事を盾にずっと縛り付けている。
この屋敷という鳥籠の中に、ただ一匹哀れな小鳥を。

最初こそあいつは逃げようとした。
だが私は知っていた。あいつは逃げられない事を。必ず戻ってくるであろうことを。
だから敢えて逃がしたのだ。苦しみ、もがき、絶望すればいいのだと。

そして奴は帰ってきた。……正確には、私が迎えに行ったのだが。
庭の端でボロ切れのように丸まっていたあいつを。

そうして奴は逃げることをやめた。抵抗することもやめた。
私に従順な奴隷となり、ただ只管に犯されていた。生かされていた。

目からは光が消え、いつもどこかを見ているようだった。
それがどうしようもなく腹立たしく、嬲るようにいたぶり続けた。

退屈で億劫な日々。代わり映えのしない行為。

嫌気が刺していた。
抵抗しない木偶人形と同じレハトにも、ただ生かすためにある種利用されている己にも。

殺すことを考えたこともある。何度も演じられる茶番に幕を降ろすには、そうするしかないのだと。
しかし、出来なかった。何度も首に手をかけ、苦しむ姿を見てきた。

それでも、殺せはしなかった。

犯すことは出来るというのに、己に付きまとうであろう揶揄を恐れ……否。
揶揄など問題ではない。

私は、臆病なだけだ。
かけた手を締めることができなかった。
人の命をこの身一つで握るなど、あまりに重かった。

殺すことも、生かすことも。
何も返さない虚ろな奴を見るたびに、己の無意味さを呪った。

そして幾許かの夜が来る。
いつもと変わらない行為。褥に押し倒し、愛撫もせずにただ強引に押し込み、動き、出すだけだ。

口付けすら交わさない。愛などどこにもありはしない。
ただ機械的に、「普段通りに」行うだけだ。

奴は何も返さない。痛いとも何とも。
時折苦しげに顔を歪める、それだけが奴だった。

「そうまでして、生きたいのか」

思わず口をついていた。こんなことをされてまで、生きたいのかと。
いつもと同じ、能面な顔。憎らしかった。腹立たしかった。

「お前は、そうまでして生きたいのか」

微かな声で、奴が何事かを呟いた。
頬が熱くなった。腸が煮えくり返り、指に力がこもる。

「……黙れ」

レハトは黙らなかった。一言、ぽつりと。

「……っ、黙れと言ったのが聞こえなかったのか」

骨が軋むほどに力をいれた。
奴の首からは妙な音が漏れ、胸が詰まったのか苦しげにえずいている。

感情の発露が見たかった。

遠い昔においてきてしまった、それ。蠱惑的な、それ。
いつからこう思っていたのか。それとも、今思ったのか。

苦しそうなレハトを見て、呆然と首を締めていた。

「や……だ」

掠れた声でそう呟かれる。苦しそうにうめき、泣いていた。

「やだ……」

泣いている。

「……ふん」

これ以上こいつを甚振って死なれても困る。腕を放すと大きく噎せ込んでいた。
……死なれて困る、というのは建前だ、いや、間違ってはない。

だが…… 私には理解ができない。

「死に損ないの貴様を甚振ったところで不愉快なだけだ。どこにでも去ね」

考えることをやめ、不快の元凶を追い払った。
しかし、供給が足りないのか奴は床で打ち上げられた魚のように這いつくばっていた。
目で追っても一向に扉にたどり着きそうに無い。

「……ちっ」

レハトに近づき腕を取る。恐れたように肩がびくりと上がり、震えていた。
褥に戻るのが面倒、など。建前だった。

久方振りの感情。垣間見得た発露。
もっと、見たいと思ってしまった。

腕を引き寄せ口付ける。ふわりとした唇は、甘かった。

「……勘違いするなよ。貴様の為に褥に就くのが面倒だっただけだ」

口付けで供給が出来る事は知っていた。ただしなかっただけだ。
しようとも思わなかった。今口付けたことさえ、己を信じられない。

奴は目を丸くしていた。感情が見られたことが嬉しい、など。
私はこいつに何を期待しているのだろう。

「さあ、さっさと失せろ」

これ以上こいつがそばにいては、己が己でなくなる気がした。
何を求めているのか、何を望んでいるのか。
己にすら分からない。

レハトを追い出し窓の外を見る。
遠くの空では、鳥が一羽、空に向かって飛んでいた。
posted by ロベリ at 01:58| かもかて小話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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