2013年08月10日

望むものは刺激ではなく。

R15くらい。憎悪タナッセ。

「黙れと言ったのが聞こえなかったのか」
そう言って彼は私の首を締めた。

候補者が成人した月、私は彼と婚約を交わした。
しかし、そこに愛など存在しない。

あるのは憎悪と羨望だけで、私に向けられるのは日々の鬱憤だった。
私に与えられた猶予は約一ヶ月。

篭りの間だけの、仮初めの安泰だった。

私は成人する。選択した性は女性。
否、「選択」という言い方は間違っているのかも知れない。

私は女性になる事を強要されている。

正確に言えば、そう。あの日、私は彼に…… 思い出したくもない。
身の毛のよだつあれ。あの出来事は私の意識さえ奪い、強制的に分化へと導いてしまった。
彼が望む性へと。

何も政略結婚をさせられたわけではない。彼はそんなもの微塵も望んでいない。
ただ、私を縛り付けたいだけだ。側に置いて、絶望させたいだけだ。

……あの儀式の日から、私は彼なしでは生きられなくなっている。
定期的に彼から供給を受けなければ、立つ事すらままならない。
方法は至って単純明快なものだった。

――生殖行為。

それが何を意味するのかは、言いたくない。
仮に私があの時、強制的に分化する事にならなくとも
儀式で疲弊したこの体は彼なしでは生きられないだろう。

彼は知っている。
私が逃げる事はないのだと。私が逃げられるはずがないのだと。

最初こそ逃げようと思った。
このままではいつ殺されるか分からない。

そうでなくとも繰り返される陵辱に、最早耐えられるはずがなかったのだから。
だが、私は逃げられなかった。

『逃げたいのなら勝手にするがいい』

彼は知っている。私が逃げられない事を。
屋敷を逃げ出した。これで自由になれるのだと思った。……思った、だけだ。
自由の幸福に浸れたのは僅か一刻、身体から力が抜け嘔吐感がこみ上げ
嗚咽を漏らすことしかできなかった。

火で炙られるような喉の痛み、針を打ち込むような胸の痛み。
呼吸をするたびに心の臓が早鐘の如く鳴った。

誰もいない屋敷の庭の隅で死ぬのか、こんなに苦しんで死ぬのか。
神の使者ともあろうものが、こんなところで。

息が詰まる。助けて欲しい。

喉から嗚咽を漏らすと、背後から誰かが近づいた。
いや、分かっている。ここは彼の屋敷だ。

『……逃げるのでは、ないのか?』

彼はどんな顔をしているのだろう。

それから、私は逃げることをやめた。彼は私を止めたりしない。
戻ってくることも、もう逃げないであろうことも分かっているからだ。

事実その通りだった。
犯される痛みも、貶される悔しさも、身体から奪われるあの痛みに比べたら些細なものだった。
従順な奴隷になればいい。

そうすれば私は。

「お前はそうまでして生きたいのか?」

私の首にかけた手に力がこもる。骨がギチギチと怪しげな音を立てている。
薄暗い部屋では彼の表情は見えない。口を開いても、圧迫されている事でくぐもった息しか出なかった。

私は何をしているのだろう。次第に当たりが明るくなった。視界が明滅し、薄れていく。
何故今頃、あの時の事を思い出したのだろう。

幸せな事なんてなかった。無理やり城に連れてこられ、揶揄され、嘲笑され。
果てはこのざまだ。何もいい事なんてなかった。私は死ぬのだろうか。

「何だ、やけに殊勝な態度だな。それとも、寵愛者様はそういう嗜好の持ち主かな?」

私は。

「や……だ」

無くなったと思っていた。苦しい、悲しい、辛い。そんなもの、私には余計だった。
ただ彼に従えば良かった。それで生きる事ができた。

『そうまでして生きたいのか』

分からない。でも、死にたくはなかった。

「やだ……」

彼は私を殺すだろう。最早彼にとって私など、何の価値も無いのだから。

いい子にするから。
もう逃げたりしないから。
お願いだから。

いい事なんて人生で何一つなかった。私はここで死ぬ。彼の手によって屠られる。
冠を戴かなかった哀れな寵愛者は、歴史の闇に去る。私は。私は……

「……ふん」

圧迫されていた肺に一気に空気が流れ込む。何度も何度も噎せた。

「死に損ないの貴様なぞ甚振っても不愉快なだけだ。もういい、どこにでも去ね」

何が起きたのかよく分からない。彼は手を放し、私から離れると椅子に深く座り込んだ。

「私の気が変わらぬ内にさっさと失せろ。部屋に戻れ」
「な…… なに……」

声が掠れてうまく出ない。

「聞こえなかったのか?」
「それとも、やはり寵愛者様は大層な被虐趣味であらせられるのかな?
……今すぐ去ね。さもなくば、今度こそその細い首を折っても構わんぞ」

何が起きたのか分からないまま、扉に向かう。
しかし、十分な供給がなかった私は半ば這うようにして扉に向かうしかなかった。

彼は舐めるように私をみている。蛇のような視線で見ている。

「……ちっ、苛々する」

彼が何事か吐き捨てると、こちらに向かってきた。強引に腕を取られる。

――供給。

私にとって日常茶飯事のそれ。だが決して心地の良いものでは無い。
反射的にびくりと背が跳ねた。

犯される。

そう思って目を強く瞑る。……だが、いつまで経ってもそれは訪れなかった。
代わりに、何か柔らかくて温かいものが触れた。

とくとくと胸に温かいもの――彼に奪われた、私が生きるためのそれ――が流れ込んでくるのが分かる。
触れた箇所が唇だと気付くのに、そう長い時間はかからなかった。

「……勘違いするなよ。貴様の為に褥に就くのが面倒だっただけだ」

今まで私がどんなに苦しんでいても、口付けなんてされた事はなかった。
そもそも、口付けで供給される事実など今知ったばかりだ。
彼は…… 彼は知っていたのだろうか。

「さあさっさと失せろ。もう動けるだろう」

まともに動くようになった身体で扉を開ける。
扉の隙間から彼を一瞥すると、椅子に戻ったらしく、窓を通して何処か遠くを見ているようだった。

あんな表情、今まで一度も見た事は無い。彼の気持ちが分からない。
まだほんのりの温かい唇を押さえたまま、扉の外で俯くことしかできなかった。
posted by ロベリ at 01:56| かもかて小話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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