2013年08月10日

寄り添う心。

複雑な想いのレハトさん。

その日は、温暖なリタントにしては風が冷たく吹き荒んでいた。
時折神の恵みが風に混じり頬を叩く。

本格的に降る前に、あいつに会わなければ。

待ち合わせの正門に漸く着くと、果たして彼はそこにいた。
こちらを一瞥し、何か言いたげに口を開けるとすぐに閉ざしてしまう。

「……ここでは冷えるだろう。移動するか」

そう言うと、彼は肯首し後ろに着く。
目的地に着くまで、彼は俯いたままで一言も発しなかった。
以前よくきていた倒木の辺りならば雨もさほど入らない。

無論、城内に雨が入らないことは承知の上でだ。
つまり、そういった、他言出来ぬような話をするために。

「……で。人を呼びつけたのだから、大層な話なのであろうな。話してもらおうか」

こいつの話すであろうことは想像できる。
あの時こいつがどう言った目的で告白してきたのか、気付かぬほど愚かではない。

「……レハト?」

彼は顔をあげない。
訝しみ近付くと、髪に隠れた彼の口が何事かを呟いた。

「ーーらい」
「……何だ?」

雨の音が強まった気がした。

ふっと彼の顔が上がる。
その顔を覗き込むと、じわりと汗が滲んだ。

そこには、以前のような晴れやかさも温かさも浮かんではおらず
ただ出会ったばかりのような怨恨に満ちた顔が、こちらを静かに見据えていた。

「お…… は、からかっているのか?」

――否。

今までどれほどの揶揄と猜疑に苛まれてきたであろう。
こいつの表情が伊達や酔狂からくるものではないと私は知っていた。

……理解はしていた。だが、何故。
理解しようともそうやすやすと納得できるものではない。

雨はその勢いを増し、葉の間から体を打った。

「ずっと、嫌いだった」
「……何?」

「ずっと、あんたのことが大嫌いだった!
父さんも母さんもいる癖に、望まれてきた癖に、誰もいないって嘆いて
私に優しくしたのも、どうせ優越感だったんだろう!ずっと、ずっと嫌いだった!」

何を言っている。こいつは、何を言っているのか。

確かにそう思った事がないわけではない。
印のあるこいつが羨ましかった、居場所があればと夢想した。

だが、それはもう手にいれていたはずだ。他の誰でもない、レハトによって。

「……ならば、あの告白は私を誘き出す為だった、と?
愚かにも慈悲深き寵愛者様のお眼鏡に叶ったと私が思い上がっていると」
「……馬鹿らしい。ほら、行くぞ。私はお前が裏切ったなどとは思っていない。あの言葉に嘘偽りがあるなど、到底信じられるものではない」

手を引こうと差し出した時だった。

「そっ……」

僅かな日の光を受けて、何かが煌めいた。

「そう言うところが、大嫌いなんだよ!」

――私は取り立てて武勇に優れている訳ではない。寧ろ、秀でているのは彼の方だ。
彼が放ったのは抜き身の刃。しかしそれは私を傷付けるには至らなかった。
理由は至極簡単なもので、私の護衛――モルがそれよりも早く抜き身を放っただけのことだった。

「モッ……!」

声は届かない。手を伸ばしても遅い。

雨に混じり鉄の匂いがする。
薄暗く影を落とす緑の大地に、点々と赤の刻印がされる。

今や鈍色の剣は鮮血に染まり、日の光を返してはいない。

「……っ、レ……!」

モルは私を護ろうとしただけだ。分かっている。
それが主人を護る護衛の務めであり、至極尤もな行動だ。それでも。

「レハト!」

誰が想像したであろう。私は自惚れていただけなのだろうか。
赦されたと思っていたのだろうか。

こいつの言葉で、己の仕出かしたことも忘れ、無責任に舞い上がっていたのだろうか。
レハトは私を憎んでいた。今でも、変わらず。
一体誰が、こんなことになると想像したのか。出会わなければ良かったのか。

彼の元に寄ると、溢れた血が服を汚した。ここは酷く寒い。どこか、どこかに。
私はどうすれば良いのだろう。

焦燥のままどうにも出来ずにいると、ふいに服がくっと引っ張られた。
まさか、と思いそちらに目をやると、薄く目を開いたレハトの姿があった。

「お前、いや、待っていろ。すぐに――」
「いいよ」
「タナッセって、ほんと、周り見えなくなるね。馬鹿だよね。ほら、ちゃんとみて」

そんな傷で何を、と言おうとし違和感に気付いた。
……血がそれほど出ていないように思う。

いや、服には確かに夥しい…… 夥しい?
そう訝しんでいると、レハトに手を取られた。胸の辺りにそっと手を置かれる。

「――」
「……ほら、ね。平気でしょ。血なんてあんまり出て、ない」

改めて視線を下ろすと、想像よりも大分出血はなかった。私の、勝手な幻覚だったのだろうか。

「さっきまで、命狙ってた、人の介抱なんて、タナッセほんとに馬鹿だね。……馬鹿だね」
「助けるのは、当たり前だろう……」
「嫌いって、言ったのに。大嫌いって、言ったのに」

「……お前に何と思われようと構わない。私は…… 私はお前を愛している。それだけだ」

幾ら傷が浅いとはいえ、出血している事実に変わりはない。
早急に手当すべきだろう。レハトを運んでいる最中、彼が腕の中で小さく呟いた。

「馬鹿だなあ…… 馬鹿だなあ…… ごめんね、たな…… だ……」

その後の言葉は途切れ、聞き取ることは出来なかった。
posted by ロベリ at 01:55| かもかて小話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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