2012年10月23日

誓いは永久に。願いは蒼空に。

タナッセ愛情ED想定。ですが、ラブラブな展開などはなく鬱展開です。ご注意ください。

「新しい奥さん、娶らないの」 

そう唐突に言われた。言葉を発したのはヴァイルだ。
この言葉の意味は分かっている。諦めろ、と。
彼女が失踪してから早一年が経とうとしているのだ、言い分も尤もだろう。

「重々承知している。だが、私とて譲れないものもある」

その大きさに気付いたのは、何の皮肉か。彼女を失ってからだった。

「そう。俺もできる限りはするけど、期待しないでね」
「ああ、感謝する」

彼女は……レハトは今どこにいるのだろうか。
時折頭を過ぎるのは、彼女が湖の底に沈んでいる光景だ。

そんなことはない。今も彼女は生きているはずだ。
そんな夢想にも近い思いを抱き、その光景を掻き消してきた。
だが、時が経てば経つ程その光景は鮮明になり、瞼を閉じても浮かんでくるようになる。
認めたくなかった。
彼女がもうどこにいないなど、どうしても認めたくなかった。

「タナッセさ」
「……なんだ」

一拍置き、ヴァイルが続ける。

「レハトのこと、本当に愛してた?」

体が熱くなった。お前に言われる筋合いはない、と反射的に返していた。
神経を逆なでされたような不快感。奥底にある大事なものを傷つけられる感覚。
やるせなさや苛立ちが募り、言葉が乱雑になる。

「何が、お前に何が分かる!愛していた、いや今でも愛している。それをお前は……!」
「じゃあなんでレハトはいなくなったのさ」

思わず言葉に詰まった。言い返せない。
彼女がいなくなったのは他でもない、自分のせいだ。
何もしてやれなかった、私のせいだ。ヴァイルが胡乱な目を返し、口を開いた。

「タナッセはさ、レハトを得ることで自分の居場所を作ろうとしてたんじゃないの」
「それ、は」

確かにそれは間違いない。だが、私は純粋に。
レハトと共に歩むために――

「レハトといることで世間体を気にしなくてよくなった。その『安定感』を買ってたんじゃないの?」
「ふざけるな!!」

「レハトを利用など二度とするものか!!妄言もいい加減に……」

「好きって、レハトに言ってあげたことある?」
「一度でも、愛してると言ってあげたこと、ある?」

ぎくりとした。上がっていた体温が急激に下がっていく。
自分の荒い息が耳に纏わりついた。
ヴァイルは何も言わず、私の返答を待っていた。

一度でも好きと言ったことがあるか。――否。
一度でも愛していると言ったことがあるか。――否。
私は何一つレハトにしてやれなかった。
彼女は心から私を慕ってくれていたのに。私は何一つ。

「……私は、無意識の内にレハトをいい道具としていたのかもしれん」

大事にしていると自惚れていただけだ。

反吐が出る。自己弁護もいいところだ。
レハトが出ていくのも当たり前ではないか。何を、これ以上何を望むというんだ。
今更レハトと復縁など烏滸がましい。許されるわけがない。
私は結局、どこまで行っても私でしかないのだろう。
人ひとり共に歩む事すら出来ない。逃げていたのは私の方だった。

「俺が言いたかったのはそれだけ。それでも探したいなら協力するよ。じゃあね」

ヴァイルがゆっくりと私の元を離れていった。
居室に一人残され逡巡する。レハトを捜すべきなのか。それとも。
結論は朝まで纏まらなかった。

「陛下」

玉座の間に、王の謁見として入る。……私の出した答えを告げるために。
下がれとヴァイルが侍従達を下がらせる。

「で、どうするか答えは出たの?」

聡いな、と思いつつ私は告げる。

「……妻は、娶らないが…… ……もう、やめようと思っている」

我ながら何とも未練たらしい言葉だと思った。

「そう。やめるんだ。俺の言ったこと、気にしてる?」
「いや…… 事実だ。何もかも、お前の言った通り」

ヴァイルはどこか寂しそうな顔をした。

「分かった。レハトの捜索はここで打ち切る。それでいいね?」
「…………ああ」

掠れた私の声は、虚しく王間に木霊した。

彼女は今もどこかにいるのだろうか。
この世界のどこかで、歩んでいるだろうか。
――私には知る由もない。……資格すらない。

それでも。願わくば、レハトが幸せであるようにと。

祈ることだけは赦して欲しいと願った。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

レハトの捜索を打ち切ってから二年が経とうとしていた。
無論彼女の情報など入ってくることはなく、人々の記憶からも薄れようとしていた。

私はヤニエ伯爵に師事を請い、現在ディットンにて詩集の上梓を行っている。
忙しさにかまけて、私自身もレハトへの意識が薄れていた。
時局を鑑みれば、これで良いのだと思う。私だけがいつまでもレハトに執着しているわけにはいかない。
ましてや、彼女は自分の意思で出て行ったのだ。探すなど、今となってはそれこそ不穏当だろう。

そんな思いを打ち破ったのは、出先から帰宅したヤニエ師の申言だった。

「お前に一つ知らせたいことがあってな。……最近この辺りで流れている噂は知っているか」
「湖で亡骸が揚げられたことでしょうか。どうせ根も葉もない噂です。仮に事実だとしても、どこぞの酔っ払いが足でも踏み外したのでしょう」

何かと思えばあの噂の事か、と幾分落胆した。
よもやヤニエ師までこの噂を信じていることはないだろうが。
執筆を中断し、お茶でも淹れますかと聞こうとした時だった。

「揚がった亡骸には、痣があったそうだ。……額に」

耳を疑った。今ヤニエ師は何と言った?

「……はい?すみません、なんと……」
「痣が、あったそうだ。直截的に言えば、選定印が」

選定印。せんていいん。しるし。それが意味するものは一つしかない。
ヴァイルは現国王だ。まさか湖の底に沈んでいるなど万が一にもないだろう。
それならば。見つかったその亡骸は。

「以前、もう一人寵愛者がいたな。そう、お前が熱を上げていた奴だ。最近頓と見なくなっていたが……な」
「噂では、ないのですか」

どうせ下民がただの傷を徴と見間違えたのだ。そうに違いないと自分でも都合のいい解釈をした。
だが。

「そうだ。所詮噂に過ぎん。私とてそれが真実かどうかまでは分からん。だがな、この話には続きがある」
「続き、ですか」

体がヤニエ師に向いたまま硬直する。
嫌な汗が噴き出し、沈黙が耳に痛かった。

「……亡骸は城に送られたそうだ。それも、丁重な扱いでな」
「それこそ、噂ではない、のですか。そんな、信憑性のない……戯言を……」

ヤニエ師がこちらに近付いたかと思うと、ぽんと肩を軽く叩かれた。
この人らしくもない、宥めるような仕草だと思った。

「言葉は時として人を裏切る。お前も身に染みて実感しているだろう。……暫く暇を出してやる。その眼で真実がどうか確かめてこい。不在の間は私に任せておけ」
「最終的に決断するのはお前だ。行くも行かないも好きにするといい」

城に来るのは久々だった。およそ二年振りだろうか。
ヤニエ師の意向に従い、私は真偽のほどを確かめにきた。
嘘ならばそれでよい。足労など、レハトの噂に比べればなんということはない。

王に謁見を請い、玉座の間に通される。
久方振りに会ったヴァイルは、国王として相応しい人物となっていた。

「それで、用とは何か。時間がない故、手短に頼む」
「……本当はこんな言い回ししたくないんだけどね。ほら、侍従頭達うるさいからさ。我慢してよ」

中身は以前と変わりないようで、安心したような呆れるようなどこか懐かしい気分になった。

「先だって湖より引き上げられた遺体についてなのですが、よろしいでしょうか」

ヴァイルの顔が引き攣るのが分かった。心なしか、控えている侍従達もどこか落ち着きがない。

「……そんなことを聞いてどうする」
「徴が。その遺体には選定印があると聞きました。……もう一人の寵愛者……であったレハトのもの、と」

「……そうだ」

国王陛下、と侍従達が咎めるように言う。それをヴァイルは手で制し、静かに言った。

「確かに遺体に選定印があった。あれは紛れもなくレハトその人だ」
「そう、ですか。レハト、が……」

亡くなっていた。私の願いも虚しく。
冷たく暗い湖の底で、一人孤独になりながら。

「もうよいか」
「はい。ご迷惑をお掛けしました。失礼致します」

足元が覚束ず、床に伏せそうになるのを堪えつつ扉を目指す。
一刻も早く、この場を去りたかった。

「会っていかないのか」

背後から唐突に言葉を浴びせられた。会う、誰にだ、レハトにか。
今こんな状態で、会うなど。

「とても、綺麗だぞ」

陛下!と今度こそ侍従達がヴァイルを制した。
当たり前だろう。きっと、私は今恐ろしい形相をしている。

「……会います」

口から出たのは、その一言だった。

三年振りに再開したレハトは、細く小さく白かった。

瑞々しかった肌はほんのりと腫れ上がり、朱色だった唇も今は血の気が失せたものになっている。
そこを除けば、格段最期に別れた時分と変わりはない。

しかし、もうレハトはいない。
それだけはどう足掻いても覆しようのない事実だった。

何一つ与えてやることが出来ないままレハトは命を落とした。
目頭に熱いものが溜まり、頬からレハト目掛けて落ちていく。
そっと髪を撫でると、どこからか甘い匂いがした。
ああ、これは。レハトが好んで付けていた香の匂いだ。

もう二度と、私の傍でこの香りがすることはないだろう。
レハトの小さな手を握り、崩れるように嗚咽を上げた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

あれからというもの、何をやっても手につかない。

ヤニエ師に迷惑をかける訳にもいかず、師事を辞退することとなった。
ペンを執り、詩に励もうとも、紙に書きつけられたのは同じ言葉の繰り返し。

こんな中で書き続ける事など到底不可能で、私はいつしか詩を書くことすら辞めていた。

窓の外を眺め、膝を抱える。

自分が何をしていて、これからどうしたいのかすら分からない。
ただ呆然としている事が増えたように思う。
僅かながらの希望すら打ち砕かれた私は、もはや心などどこにもないただの空蝉と化していた。

レハトが、亡くなっていた。それは私にとってあまりに大きすぎる事だった。

食事も喉を通らず、小間使いが頻りに医者へと勧めるが私は首を振らなかった。

もう自分の体などどうでもよかった。

いっそこのまま消えてしまえば……などと考えたが、私は所詮ただの貴族でしかない。
寵愛者であるレハトは神の国に迎えられただろう。

私が還る先に、レハトはいない。

露台から動くことが減った。
もっと愛してやればよかった、もっと抱いてやればよかった、もっと言葉をかけてやればよかった。

そんな思いばかりが募る。だが募ったところでもう彼女はいないのだ。
新しい妻など娶る気は更々ない。

私の心を縛るのも、放すのも彼女でしか有り得ない。

躰が、重い。頭が、痛い。
手足が動かない。何も考えたくない。どうしようもない。

私はいつから食事を摂っていないだろう。

小間使いが頻りに何か訴えてくるが、もう何も聞きたくない。
……否、聞こえない。このまま死ぬのか、ああそれもいいだろう。

私は、私は決してお前の元にはいけないが。


レハトが寵愛者ではなかったとしても、私が国から罰せられることは無くとも
死後、レハトに会うことは出来ないだろう。

私は魔の国へと送られる。それが正しく、私の最後の罰だ。

息をするのも煩わしい。鼓動が酷く煩い。
呼吸が乱れるのが分かるが、もうどうでもいい。

私を運び出そうとする小間使いをモルに追い出さる。
部屋には私しかいない。これでいい。

こんな状態で生きてどうなるという。

私は死ぬのだ。

レハトが自らそれを選んだように、また私も。


すまなかった。

きっとお前には届きも、しないだろうが。


すまなかった。

レハト、どうか神の国で 



息災に――――



……誓いは永久に。願いは蒼空に。祈りは虚しく地に墜ちて。
posted by ロベリ at 21:41| かもかて小話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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