2012年10月23日

その徴はあるべきところへ。

重要イベントが発生したにも関わらず、好感度が反転しない憎悪タナッセのお話です。
捏造設定が含まれますのでご注意ください。



……何が、起きた?
己の額にゆるゆると手をやる。じんわりと熱く、汗で湿っていた。
眼前ではレハトが呆然としている。その姿を一瞥し、動揺した。

徴が、ない。

体が異常に熱い。込み上げる嘔吐感が抑えきれない。
耐え切れず床に手をつくと、レハトがぼそりと呟いた言葉が耳に届いた。  

――なんでタナッセに徴があるの……?

脚に力を込めレハトに近付く。怯え、困惑した表情が見て取れた。
こいつの額から徴を剥ぎ取ってやった。ならば、徴はあるべき……ところへ?

「……はっ。はははは!まったく、ふざけている。
ああ、今、お前の、徴は。私に、私にあるだと?
まったく、まったくふざけている」 

あの魔術師はどこへ行った。聞きたいことが山ほどある。
そう思いながらレハトの瞳を覗くと、己の姿がそこに映った。

映り込んだ額には、煌々と徴が輝いていた。


「気分はどうだ?うらぶれた、下賤で哀れな緑子よ」

未だに自らの額に徴があるなど信じられなかった。
この17年間、辛酸を舐め続けてきた元凶。自分にもあればあればと夢想ばかりした徴。

それが今、私の額にある。奴ではなく、名前だけの王子に。
……名前だけだった王子のもとに。

――かえして

おもむろにレハトがこちらに近付き、私の額に恐る恐る触れた。私の体温と比例し、その手は冷たかった。

「私の、は?」
「聞こえなかったのか?私は親切だからな、もう一度言ってやろう」

高揚感を抑え込み、極めて冷静を装い言葉を放つ。

「気分は、どうだ?うらぶれた、下賤で哀れな緑子よ」
「それとも言葉の意味が理解できないほどの阿呆ということか?」

言葉を聞くなり、レハトは今にも泣きだしそうな表情になった。
元々お前に徴などふさわしくなかったのだ。起きて然るべきではないか。
誰もが認めるだろう、お前は寵愛者などではなかったと。あれは神の過ちだったのだと。

――僕は、どうなるの 捨てられるの? お願い捨てないで

焦燥が募ったのか、最近は出ていなかった一人称が露呈した。
……イライラする。捨てられるのが当然だ。お前を城で飼ったところで穀潰しにしかならない。

「諦めて城を出るんだな」

こいつはもうどうでもいい。レハトが道端でのたれ死のうが私には関係ない。
だが、レハトは私が去ることを望まなかった。

「待って、待ってタナッセ。置いていかないで」
「なぜ私が貴様の為に……」

よろよろと足元に泣き縋るレハトを見て、ある感情が湧いた。
別に慈悲の心が湧いたなどということではない。もっと、直接的な、どす黒い何か。

「お前は私にどうして欲しいのだ?徴を返せということなら諦めろ。
これは神の業であり、決して人の為せる業ではない。
全ては必然、決まり切った事象でしかない」

――捨てないで

どす黒い何かが積み重なっていく。形容し難い何かが。
思わず乾いた嗤いが喉から出た。こいつは、全く哀れな。

――ならば利用してやろうではないか。お前の生涯全てを。


「お前は、どうして欲しい?」

もう一度、はっきりとレハトに問いただすと、捨てないで欲しい置いていかないで欲しいと頻りに繰り返した。
そっと頬に手をやり、優しくなぞってやる。その間奴は一切抵抗しなかった。

「ああ、そう殊勝な態度なら考えてやらんでもない。私は心が狭い奴らとは違うからな」

そのままレハトを従え城へと戻る。道中何人もの者が私とレハトを一瞥し動揺したが、そんなもの然したる問題でもない。
問題はこれから起こるであろう混乱だ。母上とヴァイルはさぞ困惑するだろう。

城に着くや否や、周囲でどよめきが起こった。その騒ぎを聞きつけてか、ヴァイルが姿を現す。

「なになにこの騒ぎ。タナッセがなんだっ…………」

さほど距離が離れていないためか、ヴァイルの表情が窺い知れた。
次いで、私のすぐ後ろにいるレハトに視線が移る。
唖然とした顔だった。

「……え。え、え、え。え?タナッセに、なに?徴?え?」
「なにわけわかんない。え?レハトの徴は?なんで?え?」

ここは答えてやるのが道義というものだろう。

「天におわします我らがアネキウスは、どうやら私を神の子だと認めたらしいな。その徴をもって」
「そしてこいつは、徴に不相応なただの子供に成り下がったわけだ。ヴァイル、お前も馬鹿ではないのだから分かるだろう?」

レハトは何も言わなかった。ただ俯き私の手を強く握っているだけだ。その額にはもう徴などない。

「母上に謁見する。これはこの国に根幹を揺るがす重大な問題だ。二人目の寵愛者が現れた以上の、な」


対面した母上――陛下は、困惑した表情を隠すことができないようだった。

「ふむ…… レハトの徴が消失したとの噂が城内に蔓延っておったが、よもや事実だとはな……」
「それも、タナッセ。お主にか」

自分の息子に唐突に現れた徴。17年間虐げられてきた根本的な理由。
その全てが覆る、大凡不可思議な現象。

だが、それは起きた。神の業として。

「母上、こいつは……レハトはもう寵愛者ではありません。いつまでも城に置いておく訳には――」
「ちょっと待ってよ。そんなのおかしいじゃん」

私の発言に割って入ってきたのは他でもない、ヴァイルだ。
……全くこいつは…… 目先のことしか考えられない馬鹿が。それでも王候補なのか。

ああ、今では一応私も王候補になるのかもしれないが。

「急にタナッセに徴が現れたり、レハトから消えたりおかしいじゃん。消えたからってレハトが……」
「お前はその頭にいったい今まで何を詰め込んできたんだ?」

頭が痛い。一から説明しないとこのど阿呆は理解できないらしい。

「レハトから徴が消えた。それは紛れもない事実であり、同時にこいつはもう寵愛者ではない」
「今や庶民と変わりないレハトを城で優遇してみろ。民から不信感を抱き、王、延いてはこの国の沽券にも関わってくる」

「だとしたら、こいつを即刻王城から追放することが最も理に適っていることだと私は思うが?」

――そんなの屁理屈だ。レハトは徴なんてなくたって…… 

ヴァイルが駄々を捏ねる。ここは母上に助言、いや同意を求めるべきだろう。

「私はそう考えますが。母上、どうでしょうか。この国の王としてお答えください」

母上が出した答えは。

「……我はタナッセの言い分を汲み取ろうと思うておる」
「そんな……!おばさんよく考えてよ!!だってレハトはずっとここまで!!」

母上が静かにヴァイルを制す。そして、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「ヴァイル。事実というものは残酷なものだ。レハトの額から徴が消えたことは覆らない」
「そして、タナッセの言うことは尤もだ。我は王であり、全ての民のため公正な判断をしなければならない。……心得よ」


「そん……な……」

ヴァイルの反応を見て心底呆れた。
母上は公正な判断をしただけだ。至極尤もな判断を。

「それで、一つ提案があるのですが」
「なんだ?言うてみよ」

「レハトを、私の妻として迎えてもよいでしょうか」

母上はあまり驚かれた様子はなかった。まるで予想していたかのように。
ふと視線をレハトに移すと、驚愕の表情をしていた。口がみっともなく開いている。はしたない。

ヴァイルはというと、拳を握りわなわなと震えていた。

「なに。どういうこと。俺わかんない。レハトを城の外にやって、タナッセも出てって2人で暮らすの?意味わかんない。ほんと意味わかんない。なにそれ」
「私はレハトにもこの国にも、双方にいい結果を与える案を出したにすぎん。後ろ盾もないレハトを一人で放り出してみろ。こいつが噛み付かないとも限らん」

事実、今こいつを一人で野に放ちでもしたら、あっという間に貴族に食い物にされるだろう。
王政へ反逆を企てる者、レハトを利用し強請をかける者。そんな不安の芽は摘み取るべきだ。

まぁ私はそれ以外にも理由があるのだが。

「確かに、レハトを利用する者が現れる可能性も否めない。レハト、お主はどうだ」

えっ、と小さくレハトが言う。上手く状況を呑み込めていないのだろう。
こいつの頭でどの程度理解できるかは不明だが、簡単にことを説明してやる。

「――という訳だが、どうだ?お前に私と伴を共にする意思はあるか?」

レハトが何かを言おうと口を開きかけた時、またもや割って入ったのはヴァイルだった。

「答えなくていいよレハト!そんなのおかしいじゃん!第一なんでタナッセな訳?俺でもいいんでしょ?俺ならもっと……」
「お前は王候補だ。ああ、権利だけなら私にもあるかもしれないが、立場上望み薄だろう。今はそれはどうでもいい」

「王になる者が、徴をなくした庶民……いや、庶民以下の下賤な輩を伴侶にしてみろ」
「軽んじられる。王とは賤しい身分と伴を共にするのか、とな。若しくはレハトに丸め込まれたと思われるかも知れないぞ」
「そ、そんなの俺が、しっかりすれば…………」

ヴァイルが尻窄りする様子が手に取るように分かる。

「王が軽んじられればその国は終わりだ。反逆が起き、まともに機能しなくなる。分かるだろう」
「でも……!」

「諄い」

叱責すると、遂にヴァイルは口を閉ざした。レハトに向き直り改めて返事を聞く。

「で、どうなんだ。私と伴を共にする気はあるのか」

レハトの返答は、極短い肯定の意だった。


2ヶ月後、私とレハトは伴を共にした。
かと言って、円満夫婦の幸せ新婚生活などとは程遠いものだが。

レハトを利用することで、私はいとも簡単に地位と名声を手に入れた。
17年間、どんなに願っても与えられなかったものを。

ヴァイルは六代目国王となり、今や玉座に就いている。
だが、先代国王である母上の取り払いにより、ヴァイルはレハトに手出し出来ない状態にある。

どんなに望もうと、私からレハトを奪い取ることはできない。
無論、レハトも私から逃れることは出来ない。

レハトは神から見捨てられた存在であり、城はもとより市街でもその身を迫害される。
今私の元を離れれば、それは即ち死を意味すると言っても過言ではないだろう。

ヴァイルに頼るなど立場上できるはずもなく、必然的に私に就くしかない、という訳だ。

こう言えば聞こえはいいが、私自身恵まれた環境にいるわけではない。
徴が現れたことにより、以前よりも居心地が悪くなったことは否めない。

無粋にも協力を申し出る者や、浅薄な考えから利用を謀る者など。
そんな輩はごまんといる。疎ましいことに。

煩わしさは日に日に増していき、その度に鬱憤はレハトへと向いた。
それでもレハトは私の傍にいる。こいつに出来る事はそれしかないのだから。

――この狭く、虚飾に塗れた世界の中で。二度と出られぬ泥沼に、天を仰いで沈むのだろう。
――私も、お前もこれからずっと。終わりのない世界の中で。
posted by ロベリ at 21:40| かもかて小話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。